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大人なら誰でも耳にしたことがあるアンデルセンの童話ですが、

アンデルセンは、生涯になんと150もの物語を書いています。

グリム童話や日本むかし話は、民話が元になっていますが、アンデルセン童話は、彼の豊かな想像力と、感性で作り上げられた作品です。

児童文学のノーベル賞と言われる「国際アンデルセン賞」は、アンデルセンの功績をたたえ、創設されたものです。

ふなばしにアンデルセン公園がありますが、1300冊ものアンデルセンの絵本が置いてあり、とても人気です。

ふなばしアンデルセン公園は、アジアのテーマパークの中でも10位に入るほど人気です。

アンデルセンは、世界はもちろん、日本でも、たいへん愛されています。

「マッチ売りの少女」

一番に紹介するのは、アンデルセンが、母親をモデルにして書いたと言われる「マッチ売りの少女」の話です。

人々が家路を急ぐ、寒い、寒い年の瀬、小さな少女が一人、マッチを売っていました。

マッチを全部売らなければ、家には帰ってくるなと、父親から言われています。

寒い冬空の中、「マッチはいりませんか」という少女の声に、足を止める人は誰もいません。

街の人は足早に、少女の目の前を通り過ぎていくばかりです。

夜も更け、少女は体を温めようとマッチに火を付けます。

マッチの炎と共に、暖かいストーブ、美味しそうなごちそう、クリスマスツリーなどの幻影が現れ、炎が消えると幻影も消えてなくなりました。

次にマッチをすると、優しかった祖母が現れます。

マッチの炎が消えると祖母も消えてしまうことを恐れ、

少女は慌てて、持っていたマッチを全部燃やします。

祖母は、少女を優しく包み、天国へと、連れて行きます。

新しい年を迎えた朝、少女は、マッチの燃えかすを大事そうに抱え、しあわせの笑みを浮かべ、亡くなっていました。

感想

子どもに「マッチ売りの少女」の話を読んであげると、悲しく、辛い気持ちになります。

街の人たちも、少女の亡骸を見かけたときに、「かわいそう」と思います。

でも、少女が、天国に行ったと聞くと、ホッとします。

人生には、深い悲しみがあるからこそ、小さな幸せに感謝して生きる尊さがあります。

人は、幸せだけなら、幸せと感じられないのです。

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深い悲しみがあるから、たくさんの幸せを探そうとします。

平和で、豊かな世の中だからこそ、幸せが見えにくくなっているところもあります。

幸せは、見えないと大事にできません。

悲喜こもごもの人生、悲しみも喜びも大事に受け取れる子どもになってくれたらと願います。

アンデルセンの生涯について

アンデルセンは、デンマークの貧しい靴職人の家に生まれました。

両親は愛情深い方で、アラビアンナイトを読み聞かせていたようです。

11歳で父親がなくなり、15歳で学校を中退し、コペンハーゲンに出ます。

オペラ歌手になろうとしたり、劇作や歌を作りますが、全く認められず、貧困を極めます。

コペンハーゲンの王立劇場の支配人の助力を得て、大学に行きますが、文学の才能を嘲笑され、卒業はしていません。

大学を卒業できなかったアンデルセンは、「旅は学びの場」として、多くの旅をして、旅行記を残しています。

また、ヨーロッパ旅行から戻ってから書いた「即興詩人」が、反響を呼び、名を馳せます。

でも、同じ年にかいた童話は、大変不評でした。

アンデルセンは、大変繊細で、想像力が豊かな人だったようですが、

人生において、人との関わりが苦手だったようです。

旅をすることや童話を書くことで、幸せへの道を探していたのかもしれませんね。

まとめ

アンデルセン童話は、アンデルセンの感性と想像力で作り上げられた作品。

アンデルセンは、子どもたちのために150もの物語を残しています。

アンデルセンの童話を読んで、子どもの心を豊かに育みたいですね。

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