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カップヌードルミュージアム安藤百福記念館は、インスタントラーメンに関する展示や歴史、体験工房を通じて、発明・発見の大切さを伝える体験型ミュージアムです。

1999年11月に、大阪池田市にオープンし、2011年9月には、横浜にもオープンして、訪日客にも大変人気のスポットです。

子ども達に食育やベンチャーマインドを伝えるさまざまな取り組みも行われています。
 

マイカップヌードルファクトリーでは、4種のスープからお好みのスープと12の具から4つのトッピングを選んで、好きな絵をデザインし、自分だけのオリジナルマイカップヌードルが作れます。

5460通りのカップヌードルが作れますので、ユニークな組み合わせを楽しんでください。(体験料300円)

エビ、カニ風味カマボコ、コロ・チャー、一番人気のひよこちゃんナルトを入れ、チリトマト味を選択。

世界中から愛されているインスタントラーメンは、どのようにして生まれたのでしょうか?

インスタントラーメンの父と言われる安藤百福(敬称略)について

1958年8月25日に、安藤百福は、大阪府池田市の自宅裏庭に建てた小さな小屋で、研究に研究を重ね、世界で初めてのインスタントラーメンである「チキンラーメン」を発明しました。

チキンラーメンは、簡単で美味しいと爆発的な人気となります。

1971年には、アメリカでチキンラーメンを小さく切って、カップに入れ、お湯を注ぎ、フォークで食べている姿をみて、世界初のカップめん「カップヌードル」を開発します。

安藤百福が生み出した「チキンラーメン」と「カップヌードル」は、今や世界を支える食文化にまでなりました。

さらに、無重力でも食べることができるラーメン「スペース・ラム」は、宇宙食として、私たちに、さらなる夢と希望をもたらしてくれます。

ニューヨーク・タイムズは、「ミスターヌードルに感謝」とその偉業を絶賛しています。


安藤百福が生きた時代は、戦争もあり、食糧難で、食べることに大変苦労した時代でした。

安藤百福は、妻のため、子どものため、周りの人々のため、栄養があり、美味しく、手軽に、安く、保存がきくラーメンを作ることを目標に掲げ、早朝から深夜まで、毎日、試行錯誤の開発を一年続け、チキンラーメンを完成させます。

安藤百福が売り出したチキンラーメンの袋の表紙には、体力を作る、最高の栄養、美味を誇る完全食、調理・味付け不要という言葉が並んでいます。

安藤百福がチキンラーメンにかけた情熱が感じられますね。

カップヌードルミュージアム安藤百福発明記念館では、研究小屋が再現され、タイムスリップしたように、当時の様子をかいま見ることができます。

チキンラーメンの女房と言われる安藤仁子(敬称略)について

仁子の母親は、旧鳥取藩士の家柄に生まれ、NHK連続テレビ小説の「まんぷく」では、「武士の娘ですから」が口癖の、気丈に、家を守り抜く強い女性に描かれています。

そんな強い母の教えは、「クジラのように、全て飲み込む。出ないと前に進めない。」でした。

仁子が幼い頃、父親が事業に失敗してから、親子の暮らしは、どん底で、お腹はいつもペコペコ状態。仁子は、学校に行きながら働くという毎日でした。

何事も、明るく、クジラのように飲み込んで、頑張っていたのでしょう。

ホテルに就職して、語学力と働きぶりが評価され、フロント係になります。

そこで、百福は、働き者の仁子を見初めます。

結婚後もいろいろありますが、やがて、百福は、みんなが美味しそうに、嬉しそうに屋台でラーメンを食べる姿を見て、ラーメン屋になると決心します。

仁子は、夢見る夫を全力で応援します。

食べるためだけに働いた毎日、空腹に苦しんだ日々の記憶が、「食は何より大事」「幸せの元は食」という百福の考えと一致したのです。

仁子は、食べ物の有り難さを、幼い頃より何よりも感じていたから、苦しくとも百福と一緒に頑張ることができました。

何事もクジラのように、全て飲み込める仁子ですが、百福の無茶振りや多事多難の日々では、さすがに、クジラのような大きな堪忍袋でも、切れる時もあったそうです。

そんな時は、そばにいる人の手の平を借りて、「くそっ」とつねるふりをして、ストレスを発散させていたそうです。

なんだかホッとする、楽しいエピソードですね。

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NEW MOMOFUKU Noodle

全粒粉と食物繊維入りのノンフライヌードルに野菜の旨味たっぷりのスムージースープと、コロコロかわいい野菜コロで、心もまんぷくになる新しい感覚のカップヌードルが発売されました。

阪急梅田本店地下1階で購入できます。(2018.10.3 OPEN)

まとめ

大阪府池田市の自宅裏庭の小さな小屋で、世界初のインスタントラーメンが誕生しました。

安藤百福が掲げた目標は、栄養があり、美味しく、手軽に、安く、保存がきくラーメン。

当時、ラーメンは屋台に行かないと食べられないものでしたから、夢のような物語です。

百福の発想力と食への強い思いが完成へと導きました。

その内助の功には、クジラのようになんでも飲み込んでくれる妻の仁子さんの存在がありました。

チキンラーメンは、お二人の深い愛と思いが詰まった素敵な食べ物だったんですね。

興味のある方は、NHK連続テレビ小説「まんぷく」、「チキンラーメンの女房」安藤仁子著、「転んでもただでは起きるな!」安藤百福著  を、ぜひご覧下さい。

チキンラーメンの女房 安藤仁子展は、2019年3月31日(日)まで、カップヌードルミュージアム大阪池田で開催です。

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